Toadstool

「ちょっとぉ、せっかくのキノコ料理なんだよ、ちゃんと食べなきゃだめじゃないのぉ」

 とある冬の日の夜。ナルシェの宿屋で、リルムが大声を上げている。原因は、目の前でほかほかと湯気をあげているキノコのシチュー。

「うるさいな、俺はキノコが大っ嫌いなんだよ」
と、ロックが顔をしかめて答える。
「ちゃんと食べないと大きくなれないんだよ?」
「俺はもう大きくならなくてもいいの。これで充分なんだから」
「また、そんな屁理屈ゆってぇ。子供じゃないんだからね!」
「子供のお前に言われたくはないな」
 まるで子供のじゃれ合いである。しかし、劣勢のリルムは次なる手段を講じた。
「くううーっ、悔しいよぉ。ねえ、セリスもなんか言ってやってよぉ」
 いきなり話を振られたセリスは、戸惑いながらも
「そうよね、もう大人なんだもん、ちゃんと好き嫌いしないで食べなきゃダメよね」
と答えた。望みの回答を引き出したリルムは、これ幸いとロックに反撃を開始した。
「ほーら、セリスもこう言ってるよ。将来、子供のお手本になれない人じゃ、セリスも結婚してくれないかもよ」
「う、うるさいっ! これには深い理由があるんだよっ!」
 いきなり将来のことまで持ち出され、顔を真っ赤にして弁解するロックだったが、これはおませなリルムの思うつぼだった。
「ふーん、じゃあその『理由』ってヤツを聞かせてくれたら今日のことは許したげる」
「なんで俺がリルムに許してもらわなきゃなんないんだよ、なんか俺がお前に悪いことしたか?」
 なかなか正当なツッコミにもリルムは動じず、一言。
「言ってくんないと似顔絵描くからね」
 思わず硬直するロック。一瞬の後に我に返ったかと思うと、
「わ、わかった。分かったからそれだけはやめてくれ。ちゃんと話すよ」
と情けない声を上げた。
「わかればいいのよ。さて、それじゃ話してもらいましょうか」
 勝ちを収めたリルムは、不敵な笑みを浮かべながら大人びた言い回しで答え、対するロックは、ふう、と大きなため息をついて、ゆっくりと話し始めた。

◆◆◆◆◆

 色とりどりの花が咲き乱れ、春らんまんの頃だった。17才だった俺は、その日、生まれて始めてのトレジャーハンティングに出かけようとしていた。ねらいはジドール付近の山にあるという、世界に名だたる貴族アウザーの宝。ことの発端は、同じコーリンゲン出身のトレジャーハンターのジェド、俺の先輩にあたる人の話だった。なんでも、ゾゾの街の連中にも見つけられないように、入り組んだ洞窟の中に宝を隠し、そこへの道順はアウザーだけが知っているということだった。
「へっ、そんな宝なんて、このロック=コールにかかれば、すぐに見つけられちまうぜ」
 コーリンゲンのパブで、ジェドがアウザーの宝について教えてくれた時、酒が入っていたせいもあってか、つい俺は大口をたたいてしまった。すると、ジェドもプライドがあったのだろう、
「ほう、じゃあそのアウザーの宝、取ってこれるもんなら取ってきてみろよ。トレジャーハンティングはそんなに甘いもんじゃねえぜ」
と、俺を挑発した。つい乗せられた俺は口が滑り、
「宝を手に入れたら、ジェドの後を継いでやるから安心して引退でも考えてな。このロック=コール、アウザーの宝を取ってきてみせるぜ!」
などと口走っていた。
 そして今、ジドールから北へ少しのところにある目的地、アウザーの宝が眠る山へとやってきたのだ。
「さて、お楽しみはこれだけだぜ。ジェド、覚悟しとけよ」
 俺はそう独り言をいうと、洞窟を目指して山を登り始めた。これから待ち受ける運命も知らずに……。

 遙か彼方、眼下にアウザーの街の全景が見えてきた。最北にあるアウザーの屋敷でさえも、手のひらくらいの大きさにしか見えない。
「うっ、結構冷え込んできたな。まだ洞窟にはつかねえのかよ」
 実際、山の端に陽が落ち始め、辺りは薄くオレンジ色に染まっていた。今思えば、そろそろ野営をする場所を探すべきだったのだ。しかし、山を侮っていた俺は、夜間も洞窟を探すことを決行したのだ。今思えば、それが悪夢のはじまりだった。とはいえその時の俺は、できるだけ早くアウザーの宝を見つけ、ジェドの鼻をあかすことしか頭になかったのだから、仕方がないといえばそれまでだ。ともかく、俺はとっぷりと日が暮れても、カンテラの明かりを頼りに目印を付けつつ歩き……夜明けが近づいてくるころ、俺は見事に迷っていたのだった。

◆◆◆◆◆

「まぬけねぇ、迷うなんて」
 リルムがケタケタと遠慮もなく大笑いしている。隣を見ればセリスまで忍び笑い。リルムにとどまらずセリスにまで……と少々気を落とすロックだったが、
「うるさいぞ! 続き話してやんないぞ!」
と反撃した。するとリルムは顔は笑っていたものの
「分かったよ。ちゃんと聞くからさ、それでキノコはどう関係してくるのさ」
と、ちゃっかり話を進めさせていた。

◆◆◆◆◆

 とりあえず、ジドールの金持ち連中が、趣味で山登りに使う地図を参考にここまで登ってきたのだったが、さすがに趣味用だけはあって、遊歩道のようなところしか載っていない。俺がいるところなんぞ、やたら可愛い花畑が描かれていたりする。
「こんなもん、何の役にも立たねえじゃねえかよ」
とつぶやきつつ、俺は目の前に広がる景色を見た。下を見れば、目が眩みそうになるほど高く切り立った崖。向こう岸まではロープを使っても到底渡れそうになかった。冗談じゃない、花畑が見えるのはここから落ちたときぐらいだろう。
 夜の間ずっと歩き続けたせいで、もと来た道を引き返すほどの気力もなく、その場でとりあえず携帯用の食料を食べることにした。
「まさかこの俺が迷うなんて……。くそっ、食料も二日分しか用意してこなかったしなぁ。ま、仕方がない。節約して少しずつ食べなきゃな」
 そう一人ごちて、固い乾パンを口に入れようとしたその瞬間、目の前の地面が薄暗い影に覆われた。
「……!」
 気配に気づいた俺が後ろを振り返ると、そこにはずるがしこそうな目をした巨大なストールンベアが、俺を、いや俺の食料を狙っていた。
「お、おいっ、これは俺の大事な食料で……って言って分かる相手じゃないわな」
 一人ボケツッコミをしているうちに、ストールンベアは、その巨体に似合わない素早い動きで、俺の逃げ道をふさいでいた。
「じゃあ、これを一つお前にやろう。そういうことで手をうたないか?」
 夜の間一睡もしていないこともあってか、俺の頭はどうかしていた。よく考えれば(いや、よく考えなくても)クマごときに言葉が通じるはずはないということに、そのときの俺は気が付かなかったのだ。当然のごとく、話し合いは成立せず、逃げ場を失い戦う気力もなかった俺は、ストールンベアの朝食を提供してやる羽目になってしまった。
「くっそぉ、なんで俺がこんな目にあうんだよ」
と、思わず俺がつぶやくと、ストールンベアが俺を見てニヤッと笑っていた(少なくとも俺にはそう見えた)。
 やっとストールンベアが満足して、その巨体をゆすって俺の前から姿を消したとき、目の前の地面にあったのは、小さなパンくずだけだった。

それでもどうにか気力を振り絞って、これからの事を考えようとあらためて近くにあった岩に座り込んだとき、ふと俺は春の若草の中でひときわ黒く目立つ岩肌を発見した。よく見るとそれは洞窟のようだった。
「やったぜ! あれがどうやらアウザーの宝が眠る洞窟らしいな」
 腹が減っていたのも忘れ急いでその洞窟に近づくと、そこには先客のものらしいたき火の跡と小さな紙切れが残されていた。どうやら紙切れにはメッセージのようなものが書かれているようだ。何が書いてあるのか気になり、拾い上げて宛名をみて俺は言葉を失った。そこには「ロック=コールへ」と書かれていたのだ。しかもあのジェドの筆跡で。俺は半ば呆然としながらもその文面に目を通した。

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ロック=コールへ
 
  ジドールに入ってからずっと後をつけてきたが、洞窟が見つかったんで先に失礼する。
 お前は夜も歩くつもりらしいが、どうせ迷うのがオチだろう。このメッセージは俺が洞窟を出るまでおいておく。見つけたときのマヌケ面が楽しみだ。
  P.S. これに懲りたらあんまりエラそうな口をきくんじゃないぞ

                               ジェド
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 書き置きを読んだ俺は、ジェドの手の上で踊らされていたような気がして(いや、実際その通りだろう)腹立ち紛れに手紙を紙吹雪にしてやろうか、ともう一度手の中の紙に目を落とし、そしてあることに気がついた。
「そうか、これがここにあるってことはまだジェドが洞窟の中にいるってことだ。ジェドならきっと食料を持ってるはずだ!」
 希望が持てるとがぜん元気が出てくるのが、人間の不思議なところだが、その時の俺も例外ではなく意気揚々と真っ暗な洞窟の中へと足を踏み入れたのだった。

 洞窟の例に漏れずあたりは真っ暗闇だった。幸い無事に持ってこれたカンテラに灯りをともし、そうしてやっと手の届く範囲がオレンジ色の灯りに照らされた。
「よく考えたら、ここに入ったはいいんだけど、こっから先どこに行ったのかわかんねえよ。やっぱ、ジドールに降りた方がマシだったかもな」
 我ながら的確な意見だと思い、俺が洞窟の入り口を振り返ったとき、横手の壁になにやら白いものが点々としているのが見えた。
「なんだ?今のは?」
 ジェドの書いた目印だろうかと思い、薄暗いカンテラの明かりを壁に近づけてみると、なんとそこには天の恵みだろうか、割と大きなキノコがいくつか寄り添うように生えている。付近に灯りをむけてみると、他にもキノコが生えているのが見て取れた。
「ラッキー! これでジェドを探さなくてもメシにありつけるぜ」
 俺は歓声をあげ、壁に生えていたキノコを取ってきて、洞窟の外に出てジェドのたき火の残りで火を熾し、かなり遅めの朝ご飯を食べることにした。

「ふう、結構食べるだけあったな。割と味もよかったし。さて、後は……言われっぱなしもなんかシャクだし、俺も中に入って宝探しするか。俺が先に宝を見つけたら、ジェドを見返してやれるしな」
そうつぶやきながら火の後始末をして、ジェドから比べればかなり遅いスタートを切ろうとしていたその瞬間、俺に身体に妙な違和感が生まれた。
「…………!」
 腹に突き刺さるような激痛が走り、声すら出せなかった。そう、俺は空腹のあまり、食べられるものかどうかなどと考えもせずに毒キノコを食べてしまっていたのだ。
「く……うっ!」
 かろうじて出るのはうめき声ばかり。助けの呼びようなどあるはずもなく、薄れゆく意識のなかで俺は俺の名を呼ぶジェドの声を聞いたような気がした。

◆◆◆◆◆

「なあっ、それで? どうなったんだよ?」
「どうわぁっ! 何でマッシュまで俺の話を聞いてるんだよ。聞いても何の得にもなんねえぞ」
「いや、何か楽しそうな話をしているな、と思ってね。ここまで聞いたんだ、残りを聞かないと眠れなくなりそうでね」
 返事の代わりにエドガーが続きをせかす。気がつけば、食事を終えたみんながロックの話に耳を傾けていた。
「残り、っていったって。まあ、それから後洞窟から出てきたジェドに助けられてジドールに降ろしてもらっただけだ」
「えー、それだけなの? リルム、つまんない。なんかオチがないんだもん。途中まで面白かったのになぁ」
 リルムがひとりぶーたれていると、ロック達の座っている大きなテーブルから少し離れたところに背を向けて座っていた冒険者風の男が近づいてきて、ロックの背後に回った。
「本当のこと言ってやれよ、ロック」
 いきなり見知らぬ人間に思いがけないことを言われ他のみんなが唖然とする中、振り向いたロックだけが大声を上げた。
「ジェ、ジェド……!」
「おじさんがさっきの話のジェドって人なの?」
 いち早く硬直状態から脱したリルムがそう訪ねると、ジェドは苦笑しながら答えた。
「おいおい、俺はまだ『おじさん』なんて呼ばれる年じゃねぇ。ま、しかしお嬢ちゃんは可愛いから許してやろう。そう、俺が『ジェド』さ」
 あまりに突然の再会に口をぱくぱくさせていたロックだが、リルムの言葉に我に返って、
「ジェドぉ、あのときの事は話さないでくれぇ」
と情けない声をだした。
「なんて声だ、気力が抜けそうだな。まぁ、子供には真実を伝えるってのが大人の義務だからな。おとなしくあきらめろ。それにお嬢ちゃんだって聞きたそうなカオしてるぜ」
「そうそう、子供だからってウソついちゃだめよ!」
 意気投合した二人にツッコまれ、ロックは
「勝手に話してろ! 俺は部屋に行ってるからな」
と捨てぜりふを残してそそくさと退散した。
 その姿を笑って見送ったジェドは、笑いをこらえて続きを話し始めた。
「確かにあいつの喰ったキノコは、腹痛を起こすキノコだったんだ。しかし、その後に幻覚を見せるっていうオマケがついててな。んで、俺がお宝かかえて洞窟から出てきたとき、ロックは俺のこと見て、よっぽど怖いモンスターに見えたらしくってな」
「まさかピーピー泣いてたとかいうんじゃねえだろうな」
 セッツァーが愛用のカードをもてあそびながらそう言い、まさかそんな、とセリスが笑いながらフォローを入れようとした時、その声が聞こえたのだろう、
「う、うるさいっ! 昔のことだよっ!」
と、部屋から大声でロックがどなった。
「ま、まさか、本当だったとか……言わなきゃ誰もわかんないのに……く、くくっ」
 リルムが笑い始めると、その場にいたみんなは大爆笑。一人、部屋でいじけるロックをのぞき、その日は夜遅くまで食堂のあかりがついていた。

The end......


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