Blue Moon, Blue Eye, Blue Shining

   碧は、一瞬の、刹那の色

    蒼は、永遠の、常磐の色

     青は・・・・・・・・・・。

 

 眠れなかった。

 疲れているはずなのに、身体のどこかが機能を停止することを拒んでいる。クラウドは最初のうちこそ無理にでも眠ろうと何度も寝返りを繰り返したが、じきに諦めるとベッドとは向かいに位置している窓を静かに開け放った。

 最初にその眼に飛び込んできたのは蒼銀色の光を発する満月であった。その光に照らされ街全体が淡い青色に染まっている。そうまるで水底に沈んだ古代遺跡のような。

 その光景に誘われるように、クラウドは今は夢の中の住人となっている他の人間に気づかれないようにして、静かにその水底の遺跡へと足を踏み出した。

 街に降り立つと同時に凛とした空気と月光がクラウドの頬を軽く撫でて通り過ぎていく。

 クラウドは近くにあった手頃な木箱に腰掛けると視線を上へと向けた。ミッドガルのスラムにいた頃には絶対見ることができなかった”空”の存在が気持ちよく、またどことなく落ち着かない。

 落ち着かない原因はこの街を半幻想的な風景と変貌させている恐ろしいほどに澄んだムーンライト・ブルーのせいだろう。否、変貌させているのはクラウドの心の方だろうか。

(月の光は人の心を狂わせる、か・・・・)

 どういう経過で知ったかはもう覚えていない。それでも心の引き出しにずっと眠っていた文章であることは確かだ。クラウドは軽く深呼吸をしてその文章を唇の上に引き上げようとした、ちょうどその時であった。

「月の光は人の心を狂わせるって言うよ」

 クラウドが思ったままを、まったく別の声質がその文章を”音”として紡ぎ上げていった。

 声の方へと視線を向けるとそこには、

「エアリス!?」

 エアリスの姿が淡い月光を受けて、あたかも細い蒼銀の糸を用いて丹念に織り上げられたヴェールを纏っているかのように見えた。

「どうしたんだ、こんな時間に?」

 クラウドにしてみれば至極当然な問いだろう。が、それに対するエアリスの答えもまた当然なものであった。

「あら? だったらクラウドこそ一体こんな夜遅くに何してるの?」

 答え、というよりは問いに対する問いかけと言う方が正しいだろう。クラウドはいわばこの自分自身の問いに咄嗟に答えることが出来ず、数秒の間を置いてようやく答えを導き出すことが出来た。

「何してるって・・・。その、眠れないから少し外の空気を吸いにきただけだ」

 それを聞いたエアリスは形のいい桜色の唇に微笑を浮かべて、

「私もそうよ。でも私の場合は綺麗なお月さまにも誘われたかな?」

 と。

 そして「隣、いい?」と尋ねてきたかと思うと、クラウドの返事を待たずしてすぐ隣に腰掛けた。もっとも、クラウドとてそれを拒む気は最初から、ない。

「綺麗だよね」

 クラウドの隣でエアリスがそう言葉を発した。クラウドに、というよりは自分自身に言い聞かせるような口調であった。

「月の光は人の心を狂わせるんだろ?」

 クラウドが何気なく口にした科白に、エアリスの表情が曇る。

「私、平気、古代種だから。普通の人間とは、違うから・・・」

「エアリス!!」

 クラウドがその後のエアリスの言葉を遮るように叫んだ。

「ゴメン、そういうつもりで言ったわけじゃ・・・」

「うん、わかってる」

 数秒の空白の時を埋めるように吹き抜ける一陣の風。

「私、クラウドのこと、少しはわかるつもりだから」

 疑うことを知らない、幼い子供のように真っ直ぐなホーリー・グリーンの瞳がクラウドの瞳の奥へと覗き込んでくる。かと思うと、今度は手を伸ばしてクラウドの目尻に軽く指先を触れさせた。心地よい冷たさがエアリスの白く細い指先から伝わってくる。

「やっぱり、同じ色なんだね」

「え? 何がだ?」

 結論の方を先に口にするエアリスにクラウドはやや面食らった感を受けながらも、その結論の意味を尋ねてみる。

「瞳の色。初めて好きになった人もソルジャーだったって前に話したでしょ?」

「あぁ、そういえばそうだったな。確か俺と同じクラス1STの」

 その事を知ったのは、そう共に7番街に向かう途中にあった公園で小休止をしていた時だ。エアリスの初恋の、名前こそ教えてくれないがクラウドと同じソルジャー1STの、人間。

「ソルジャーって、みんなそういう瞳の色してるんだよね?」

「まぁ、そうだろうな。魔晄を浴びた人間は多かれ少なかれこの瞳の色になるもんだからな」

「そうしたらセフィロスもやっぱり同じ瞳の色してるの?」

「同じ、とはちょっと言い難いな。アイツの瞳の色は普通のソルジャーの瞳の色よりもう少し淡く、冷たい。そうだな・・・、あの月のような感じだ」

 そう言ってクラウドはエアリスより視線をはずすと、その瞳を頭上に輝く月へと向けた。

 ソルジャー・ブルー、既に色の表現の1つとして完成されている言葉だ。個人的な好みがあるにしろ、若い男性、特にソルジャーを目指す人間にとって、この色はほとんど憧れの色と言っても過言ではない。

 この色にクラウドも例外なく憧れ、実際なった時には誇らしい気持ちで溢れんばかりであった。だが、あのニブルヘイムの事件からこの色がたまらなく嫌になってきた。この瞳の色がある限り、自分がソルジャーだったという事実は消えない。

セフィロスと同じソルジャーだったという事実は・・・。

 クラウドは眼を閉じ、独り言の如くこう呟いた。

「ソルジャー・ブルー・・・。戦士の、魔晄の青。俺がこの色の瞳じゃなかったらすべては始まらなかったのだろうか? この青は俺にとって災いの色でしかないのか・・・?」

「ううん、違うよ、私知ってるもの。青は明日の、希望の色だもん」

 思いがけないエアリスの一言。

「青は明日の、希望の色・・・?」

 クラウドはその明日の、希望の色と表現された瞳にエアリスの姿を写す。

「そういう風に考えるクラウドの気持ちよくわかる。家族を失った悲しみ、故郷の人達を失った辛さ。あなたの心から苦しいくらい伝わってくる・・・。でも、でもねクラウド、クラウドがソルジャーになったから、クラウドがその色の瞳だから、私あなたに会うことができたんだ。そう信じてる」

「エアリス・・・」

「だからクラウドも自分のこと、もっと信じてみて。歩んできた道も、選んだ道も間違いないって」

 何か言いたくても言葉にできない、言葉がみつからない。そんなクラウドのもどかしい表情を見取ったエアリスは首を小さく横に振った。まるで「何も言わないで。大丈夫、あなたの考えてること、みんなわかるから」と言っているように。

 しばらくの沈黙。時間にしてみればほんの僅かな時間だろう。しかし2人からしてみれば、これは久遠の長さにも感じられたに違いない。

 この沈黙を破ったのはエアリスの方であった。少し足で勢いをつけて腰掛けていた木箱より立ち上がると、

「じゃあ私そろそろ戻るね。クラウドも早く寝なきゃダメよ、明日早いんだから」

 そう言い残して、エアリスは宿の方へと歩みを進め、乾いた足音の余韻が月光の霧の中で弾けて、消えた。

 エアリスが去った後に再び訪れた静寂の中で、クラウドはついさっきまでエアリスが座っていた場所を視線を向け、そして視線をそのまま天空の銀盤へと移した。

 相変わらずクラウドにはもちろん、街全体に月はその蒼銀のムーンライト・ブルーの光を降り注がせている。それでも最初に感じた時は明らかに違う、どこか暖かさを秘めた光をその瞳は感じ取っていた。

 クラウドは絶え間なく吹き始めた微風に寄りかかるようにして、夜明けまでまだ時間のある空を見つめながらこう心の中で呟いた。

 

 たとえそれが難しい生き方だとしても、自分のことを信じてみよう。

 そうすればもう少し前に進めるような気がする。大事な何かを見つけることが出来るような気がする。

 だけど今は、今だけは、

 

    ―――青の輝きに身を委ねていたい。

             明日の、希望の、真実の輝きに―――


”小説の間”へ