〜プレリュード〜
――それでも、人はまだ“明日”を望んでいた―――――。
女性は何かに呼ばれたかのように顔を上げた。
その女性の足下には、生きた「花」が咲いている。造花では決して再現することのできない、暖かい強さを感じさせる本当の「生命」の存在がそのことを証明している。
普通ならこの風景はごく当たり前のことと受け取られるであろう。だが、ここがどこであるか知っている者においては、この光景はある種の違和感を伴った”画面”として感じざるおえなかっただろう。そう、現実味をおびない巨大なスクリーンに映し出された映画の一場面かのような。
ここは”ミッドガル”と呼ばれる宙に浮かぶ巨大な円形空中魔晄都市である。
宙に浮かぶと言っても風船のように何の支えもなく浮いているのではなく、その都市の中央にそびえ立つ新羅ビルの下を支える大規模な支柱と、そこから放射線状に周囲を大きく8つの区画(プレート)に分け、それぞれを支える柱、機械塔とも呼ばれるが、とで支えられており、地上約50mの上空に作られた厳密には半空中都市と言うのが正しいのであろう。
そして、この都市のもう一つの特徴が"魔晄"エネルギーである。このミッドガルでは、各プレートに1つずつ"魔晄炉"と呼ばれる地下より吸い上げた魔晄エネルギーを供給する施設が作られており、"1番魔晄炉"というようにそれぞれの区画
の番号のついた魔晄炉がミッドガルすべての電力を賄っていた。
この世界において魔晄エネルギーは、人々の生活にとって今やなくてはならないものとなっており、実際、このエネルギーを使用することによって人々の生活は以前とは比べものにならないほど豊かなものとなっている。
しかし、人々も薄々気がついていた。魔晄エネルギーと呼ばれているものが本当はどのようなものであるか。その証拠にミッドガルの下の本物の地面はもちろん、周囲数kmに及ぶまで「生命」の姿は消えてしまっていた。
だがやはり一度覚えた甘露な生活を捨てることはできず、人々はわざと気づかないふりをしてその享楽に身を委ねていた。
そうしていつしか、この空中魔晄都市を人々はこう呼んでいた。
……くさったピザ、と。
やがて、女性は摘んだ「花」を入れたカゴを持ち、通路の先に見えている冷たい光に向かって歩み始めた。
光へと続く通路は薄暗く、まとわりつくような湿気が髪の一本一本にまで不快感を否応なくこの場所を歩く者に与え続けている。
しかしその女性は慣れているのかそのような障害はものともせず、ホーリー・グリーンの瞳をまっすぐ光に見据え、迷いなき足取りで光に向かって歩みを進めていた。
上の世界に出ると同時に、排気ガスと機械油の臭いとが彼女の鼻孔をつく。
既に陽は沈み、"夜"という漆黒のカーテンが都市全体を包み込んでいた。彼女が見据えていた光は、どうやらイルミネーションの群だったらしい。
すれ違う人々はその花に、というよりその女性の存在自身に気を止めるものはいない。皆自分のことで精一杯なのだ。明日は自分は生きているだろうか、明日は自分がこの世に存在しないかもしれない・・・。
女性は下の世界では絶対見ることのできない"空"を仰ぎ見た。相変わらず様々な公害煙によって本物の"空"を見ることはできない。
だが、ちょうどその時である。一粒の"星"の光が彼女の瞳に飛び込んできた。
女性が思わず瞬きをした途端、その光は消えていた。
・・・ミマチガイ? ウウン、チガウ。
ワタシ、シッテル、イマノイミ。
ソレハ、ホシノコエ、ホシノキキ、ホシノシキ・・・
・・ソレデモ・・・・・
――それでも、星はまだ“希望”を信じていた―――――。