今から40年前の1957年に、旧ソ連の「スプートニク1号」が世界初の人工衛星として地球を回りました。それ以来、主に旧ソ連(現ロシア)とアメリカ合衆国によって人類の宇宙への挑戦は続けられています。 地球の周りを回る人工衛星や、太陽系の惑星へと向かった惑星探査機によって、人類は宇宙について様々な情報を得ることができました。ですが、まだまだ宇宙には私たちの知らないたくさんの謎でいっぱいです。宇宙の探査は、これからが本番と言えます。宇宙の中の地球人として、人類はこれからどんどん宇宙へと出ていくことになるでしょう。
宇宙開発の歴史宇宙開発の幕開け
1957年10月4日に旧ソ連から打ち上げられたスプートニク1号は、重さが83.6キログラムという小さなものでした。もちろん人は乗っていません。無人の人工衛星です。1ヶ月後に打ち上げられたスプートニク2号は、500キログラムの重さになり、実験的に犬が乗せられていました。そして、6ヶ月後には重さが1327キログラムにまでなったスプートニク3号が打ち上げられました。 人類の宇宙への旅立ち
無人の人工衛星の打ち上げと衛星軌道投入に成功したアメリカ合衆国と旧ソ連は、次に人間が乗る有人人工衛星の計画を進めていました。そして、1961年4月12日、旧ソ連はガガーリン宇宙飛行士が乗ったボストーク宇宙船の打ち上げに成功しました。人類初の宇宙飛行士となったガガーリン飛行士の「地球は青かった」という言葉はあまりにも有名ですね。 1964年10月、旧ソ連はボスホート宇宙船で3人の飛行士を宇宙に送り出しました。そして、翌1965年には、ボスホート2号に乗ったレオーノフ飛行士が人類初の宇宙遊泳を行いました。その5日後には、アメリカ合衆国のジェミニ1号が2人の飛行士を乗せて打ち上げられています。このジェミニ計画は、後に続くアポロ計画のための準備段階となり、重要な役目を果たすことになりました。ジェミニ宇宙船は1年8ヶ月の間に10回も打ち上げられ、人類を月へ、というアポロ計画に必要な様々な技術を得ることに成功し、1966年11月にジェミニ計画は終了しました。 人類の月への挑戦
1960年、今から36年前にスタートしたアポロ計画は、1961年5月のケネディ大統領による「1960年代のうちにアメリカ人を月へ降り立たせる!」という劇的な発表により大きく加速され、ジェミニ計画と並行して準備が進められていました。アポロ計画は、AからGまでの7つの段階に分けられ、G段階の人間の月着陸へと向けて、少しずつ計画は進められていきました。最初のAとBの段階のアポロ2号から6号までは無人で行われ、アポロ4号では人間を月へと送り出すサターン5型ロケットが初飛行しました。そして、アポロ7号では初の有人飛行が行われました。1968年10月にアポロ7号は打ち上げられ、地球軌道上で様々なテストを行い、成功をおさめました。 宇宙ステーション時代の到来
旧ソ連は、1971年4月に、初の宇宙ステーション・サリュート1号を打ち上げました。そしてサリュート1号に宇宙船ソユーズ11号がドッキングし、3人の宇宙飛行士がサリュート1号で24日間を過ごしました。以来、1982年4月打ち上げのサリュート7号まで、サリュート・シリーズはソユーズ宇宙船や補給船プログレスの活躍もあり、様々な実験や観測を行い、大きな成果を上げました。
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